平和の島での反戦争基地建設
9月20日、沖縄の辺野古で基地建設と海上保安庁の暴力に反対する大集会がありました。沖縄の平和への闘いに力になるため、ガンジョンからも村民たちと活動家たちが 辺野古での集会に直接参加しました。
ガンジョン村民会、ガンジョンの平和を守る会、ガンジョン国際チーム、島々の連帯は辺野古へ連帯メッセージを送りました。こちらが連帯のメッセージです。
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We people in Gangjeong are eager to express our outrageous anger to what’s going on in Henoko, Okinawa. We have watched many of photos and videos of the violent action conducted by the coast guard of Okinawa against the innocent peace activists.
私たち、ガンジョンの村民は今、沖縄の辺野古で起きていることに対して、非常に怒りを感じています。私たちは映像や画像を通じて日本の海上保安庁が平和を求めている活動家達に振るった暴力を見ました。
It’s not a crime to defend the nature, peace, and be-loved hometown but it’s doubtlessly a crime to defend the base construction plan no matter how it is legal or illegal in the law system under a state. The action of the coast guards in Henoko seem to us the military itself but the enemy target is the peace-loving civilians who they declared to protect for.
自然を、平和を、愛する故郷を守ることに決して罪はないのに、国の法律では基地建設に反対することは犯罪として扱われます。海上保安庁が辺野古でやったことは、その自体で平和を愛する市民達への‘軍事力行使’だったのではないかと思います。
It’s a lie that the military and military base protect people. It must be a real ironic lie for Okinawan who have learned the painful lesson to be a base islands under the war.
軍と軍事基地が市民を守るというのは単なる嘘にすぎません。戦時中、駐屯地として苦しまざるをえなかった沖縄で、またこうしたことが起きるのは実に矛盾しています。
We have learned from our Okinawa friends that the nightmare of war experiences and state violence in Okinawa has been extended through the long-lasting existence of military bases, just like the enforcement of the naval base here has reminded many the nightmare of 43 and the history of forced militarization of Jeju by the Imperial Japan government. We are both together standing on the top of the uneven historical trauma and probably again the crossroad of the war.
私たちは沖縄の友達から沖縄戦の悲劇、そして長期間、駐屯地として受けた国家暴力について聞きました。それは済州で起きた4ㆍ3事件と植民地下での軍事化を思い出させるものでした。私たち、島々は不安定な歴史的トラウマの上に、そして、また戦争の真ん中に一緒に立っています。
We people in Gangjeong want to make a possible new way together with you.
私たち、ガンジョン村民は皆さんと共に新しい可能性への道を作って生きたいです。
Just like the thing we pray every day in Gangjeong during our struggling that the world peace will begin from our small village, so does Henoko. We people in Gangjeong request the cancelation of Henoko Bases, not only in Henoko, but all the military facilities in Okinawa islands while we are also struggling here to make Jeju a real DMZ peace island.
私たちがガンジョンでの毎日の闘いの中でいつも願っている世界平和は、辺野古のような小さい町から始まるものです。済州が本当の意味での非武装地域、平和の島になるまで闘うと共に、私たち、ガンジョン村民は辺野古の基地建設の取り消し、そして、全ての沖縄の軍事施設閉鎖を要求します。
Henoko friends, you are in our heart in our daily struggle. Our solidarity for you is really from many Okinawa friends’ inspiring friendship for us. Peace is our way.
辺野古の皆さん、皆さんはガンジョンで毎日闘っている私たちの心の中にいます。沖縄の多くの友達が見せてくれた真の友情から私達は強い絆を感じました。これからも私たちに平和が宿りますように。
2014 Sep 19th in Gangjeong
Gangjeong Village Association, Gangjeong Peace Keepers, Gangjeong International Team, and Inter-Islands Solidarity for Peace Team
2014年9月22日 ガンジョンから
ガンジョン村民会、ガンジョンの平和を守る会、ガンジョン国際チーム、島々の連帯
本文は英文から翻訳されています。
東アジアの三つの島、沖縄、台湾、そして済州の平和を求めあう関係を築くため、「平和の海国際キャンプ」が8月3日から6日まで済州島のガンジョン村において盛況に開催されました。沖縄、台湾、済州だけでなく、インドネシア、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド、日本、スペイン、アメリカ、韓国などから50名近くの参加者達が集まりました。
8月3日、参加者達は済州4∙3平和記念公園を訪れて済州の歴史的悲劇について学びました。
参加者達は8月4日から6日までの午前中日ごとの各トピックに対して 沖縄、済州、そして台湾のそれぞれの状況を語り合い、勉強しました。発表者達が持ち出した沖縄、台湾、済州からの島々の状況は異なりながらも繋がっているものでした。キャンプ最後の日はハワイからの活動家がハワイの軍事基地の代表的な問題について発表しました。そして、それらの発表や討論の結果として8月5日の夜から6日の朝にかけて共同声明書が作成されました。共同声明書は海軍基地建設現場の前で毎朝行われる「人間の鎖」の際にあった記者会見で四つの言語、日本語、中国語、韓国語、そして英語で発表されました。参加者達は四つの言語で反基地、反暴力、反殺人、反戦争、反核、反環境破壊( NO Base, No Violence, No Killing, No War, No Nukes, No Destruction of Nature)を謳いました。
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“海の平和、島々から世界へ”
韓国と海外からの代表達の2014「平和の海国際キャンプ」における声明
我々は新しく築いた友情の絆と共に、良心を持つ者としてここガンジョン村に集まりました。
我々は沖縄、台湾、そして済州の島々の連帯を強めるために集まった四大陸からのピースメーカーです。
「平和の海国際キャンプ」の一環として、皆さんと共にこうした連帯声明を発表できることに感動を感じます。
我々はこの海軍基地建設が地域法、国際法的に明白な違反であり、間違っていると信じています。韓国を愛する世界市民の一人として、海軍基地建設が自然の美しさと地質学的な価値を認められたこの島にこれからもたらす環境破壊のことを思うと、恐ろしさを感じます。基地建設の計画は永久にこの島の特質を変えてしまうかもしれません。長期的に考えると観光経済にも影響を与えるでしょう。我々は軍事化が済州の恵まれた自然環境を汚染、破壊し、「平和の島」というイメージに脅威を与えるだけでなく、歴史的トラウマからの集団治癒の場をなくすと強く訴えてきました。我々は 基地や国家暴力に対して長い間抗ってきた沖縄と台湾、そして東アジア島々の勇気と高潔さに励まされています。我々は同じ時代の流れの中で、数多くの同じような経験を通じ、反民主的軍事主義に対抗するため連携します。
我々は海との絆を大切にすると共に、人類共通の遺産である平和な海を守ることに全力を尽くします。
それが我々が沖縄、台湾、そして済州で国家暴力の動きに抵抗する理由です。世界の平和を守るためには北東アジアの軍事的緊張を無くすことが必需だとみられていますが、この三つの島々は非武装化と共にかつてのように海上貿易を中心にする平和な共同体を取り戻すべきです。より安全な地域と世界のため、我々は沖縄、台湾、済州を軍事基地のない新しい平和の場にすることを強く訴えます。
この声明書は国際平和キャンプの参加者全員によって作成されたものです。
2014年8月6日
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8月4日から6日までの午後にはガンジョン浦、ガンジョン川、ガンジョン海で海上活動が行われました。ガンジョン川で泳いだり、カヤックに乗ったりするなど、楽しい海上デモ活動になりました。
夜にはピースフェスティバルが開催されました。最初の日の〝歓迎の夜″ではガンジョン住民たちと副村長のゴゴンイルさん、基地反対委員会会長のジョンヨンヒさんが国内と海外からの参加者達への歓迎の言葉を伝えました。二日目の〝文化の夜″では参加者全員でガンジョン、沖縄、そしてインドネシアの踊りを習いました。ガンジョンドキュメンタリー映画「 Gureombi、風が吹いている」の上映会では監督のチェソンボさんとの対談もありました。最後の夜にはコンサートが開かれ、チェヨンボム村長からの挨拶とガンウイル主教からの映像メッセージが公開されました。
参加者全員は島々の平和を構築するのに貴重な人材です。決して一人で抗うのではなく、集団で立ち向かうことが大切です。これからの2回、3回目の沖縄と台湾でのキャンプも期待されます。
写真はこちらをご覧ください: http://savejejunow.org/?p=10112
ガンウイル主教からの平和のメッセージ映像: http://savejejunow.org/?p=10145
Translated by Sunwoo Kim, Yutaro Kondo
親愛なる沖縄の兄弟姉妹の皆さん
韓国済州島カンジョン村で海軍基地建設反対して闘う私たちは、6月23日、沖縄の皆さんとともに、人間が戦争の下でどのような非人間的な道を歩まざるをえなかったか、その苦難と羞恥を忘れることなく反省を込めて、ふり返らねばなりません。
私たちはこのような悲劇が繰り返されないことを強く望みます。しかし現在の東アジアの雰囲気は第2次大戦前とそっくりです。アメリカのアジア回帰戦略のもと、済州島もまた軍事化が進められています。これは、「4・3」の悲劇の反省から「世界平和の島」を宣言した済州島が、ナショナリズムと米軍事主義、そして国境の島の苦難という因習によって、打ち壊されることを意味するものです。米軍基地に対する闘いにもかかわらず、沖縄もまた自衛隊による新たな軍事主義のうねりに直面しています。これもまた、第2次大戦と沖縄戦を体験した苦難の教訓を、薄めるものです。
私たちは済州において、6月23日の沖縄慰霊の日、戦争に反対し起ちあがる皆さんの取組みに敬意を表します。私たちもまた歴史的教訓が歪曲されることがあってはならないと思います。
ある人は、済州海軍基地は米軍基地ではないと言います。しかし米軍事主義がナショナリズムを巧妙に利用しており、私たちは地域におけるナショナリズムを克服できてはいません。米軍事主義とナショナリズムのもとで、済州と沖縄はその両方(米軍と自国の中央政府)によって抑圧を受けています。私たちはその二重の中心部を相手にする厄介な現状、沖縄戦はこうした結果をもたらすことの警鐘でもあります。私たちは皆さんの6月23日の取組に感謝します。平和の風は私たちの村にも届いています。私たちもまた私たちの島に平和の風を吹かせたいと思います。
基地は基地です。皆さんの基地と私たちの基地の間に違いはありません。なぜなら、皆さんの平和と私たちの平和に、違いがないのと同じです。私たちが私たちの島の平和な生活を守ろうとするのは、皆さんと同じです。これが、皆さんの平和活動に対して私たちが連帯する理由です。私たちの済州の平和なカンジョン村にいつでも来てください、歓迎します。特に今年は8月3~6日に、連帯だけでなく、この地域の平和のための国際キャンプの行動を計画しております、平和の海を築き上げていくために、是非おいで下さい!
2014年6月23日
カンジョン国際チーム(강정국제팀)、平和の島 連帯チーム(평화의섬연대팀)
皆さんを招待します
平和を願う兄弟・姉妹の皆さんへ、平和の海国際キャンプへのご案内
– 親愛なる兄弟・姉妹の皆さん、-
私たちは、戦争のない平和な世界の夢を描いていますが、私たちの置かれている現実は、私たちの希望とは違って、より多くの軍隊、兵器そして軍事基地の建設により、苦しみを負わされています。済州島カンジョンでは、住民と活動家が、平和の島を守りぬくために、海軍基地建設に反対し、軍事主義に抵抗して8年目を迎えています。
沖縄も米軍基地により、70年近くも苦しめられてきました。私たちは、経済面だけでなく軍事面においても強大化する中国が、台湾の平和な未来のために寄与できるだろうか、とても疑問を感じています。日本と中国は、尖閣諸島(中国名:釣魚島)に対する領有権を主張し、争っています。日本は、韓国とも独島(日本名:竹島)をめぐる紛争を抱えています。韓国も、中国と離於島(中国名:蘇岩礁)という岩礁をめぐって、海上主権の紛争に見舞われています。
アメリカはアジア回帰を宣言し、東アジアの軍事同盟諸国で、MD(ミサイル・ディフェンス)システムを強化しています。私たちは、私たちの島々をとりまく東アジアの海を、武力紛争のない、平和の島として守り抜くことを望んでいます。これは、単に一つか二つの島の住民の努力で叶えられるような希望ではありません。東アジアの島々すべてが連帯して協力すべき問題です。こういった趣旨から、今年8月3日から6日まで、韓国の済州カンジョン村において、「海の平和国際キャンプ」を開催することとなりました。ぜひ、お越しいただき、皆さんの島が被っている軍事化の弊害と苦難を分かち合い、平和の島への希望を伝えてください。
今回の平和キャンプは、単に知識や情報の交流というレベルにとどまらず、午後には様々な海上活動に参加できます。夕方には、参加者みずから、自分の文化を紹介する集いを開きます。平和の海へ、皆さんをご招待します。わたしたちは、今回のキャンプを通して、紛争の暗雲が立ちこめている東アジアの島々と海に、平和の希望が生きかえることを願っています。
午前 講義:
1.戦争基地による海洋生態系の破壊
海洋生態系は様々な原因によって破壊されている。本討論では主に、戦争と軍事訓練、軍事基地建設などによって引き起こされる多くの環境破壊の事例を集中的に議論し、済州海軍基地が建設中のカンジョン沖、長い間軍事基地と共に生きてきた沖縄、そして軍事主義によって破壊される台湾の海洋文化と環境破壊の実態を報告する。
2.沖縄・台湾・済州、島々の闘い
沖縄と台湾と済州、これらはみな国家暴力によって犠牲となった歴史的にとてもよく似ている島々だ。また、そのような不当な公権力に立ち向かい、勇敢に闘ってきた平和活動家たちがいた島々だ。本討論では、このように軍事主義に立ち向かい闘ってきた3つの島の平和運動について語り合い、互いの協力と連帯のための共感帯を形成する。
3.米国の軍事主義
米国のアジア回帰(Asia Pivot)が意味する米軍事主義の変化と、それによる東アジアの新たな軍事的地形図を確認しながら、米軍事主義による東アジア国家の安保の脅威を議論する。
4.平和の島連帯
参加者たちが国際的な非武装・平和の島連帯を模索していくための実践的な運動について考え、この連帯を持続、発展させていくための中・長期的な会合日程を議論する。
more information: https://sites.google.com/site/peacefortheseajapan/
平和の島国際キャンプ準備チーム/平和の島連帯チーム/カンジョン平和学校/The Frontiers/
カンジョン村会/カンジョン国際チーム/Hot Pink Dolphins/済州環境運動連合
2014年5月9日 済州・カンジョンより peaceforsea@gmail.com
沖縄-韓国連帯集会 済州報告(エミリー) 2014/5/17 翻訳:高橋年男、有銘佑理
私の名前はエミリーと言います。台湾人です。2011年から江汀で暮らしながら海軍基地反対の国際活動を一緒に行っています。江汀の闘いを通して、沖縄が受けている苦難の現実と、済州の悲劇の歴史を学びました。私にとってこの経験は、私が生まれ育った台湾に対して多くの疑問を投げかけることになり、もっと学ぶきっかけになりました。そして、済州、沖縄、台湾が同じ歴史の中にあることを知りました。このして3つの島が一緒に平和を実現できるんだ、ということを確信するようになりました。
済州と沖縄の、この二つの島が、共に立ち向かっているのは、米軍基地と軍事主義です。
現在、済州では海軍基地が建設されています。空軍基地も入ってくる恐れがあります。そうなれば済州は沖縄のように、徐々に軍事化されていくかもしれません。
沖縄に来て、済州の状況を見つめるとき、この二つの島および、米軍基地のために苦しんでいる他の島々は米軍を追い出すために一緒に連帯しなければならないと思います。
しかし、台湾の場合は少し状況が異なります。実際、米軍基地は存在しません。かつて冷戦時代には台湾政府がアメリカと同盟関係にあり、台湾にも米軍基地がたくさんありました。1972年に沖縄は、米軍から日本政府の統治に移りましたが、沖縄は米軍基地を撤去することができず、むしろより多くの米軍基地が沖縄に移ってきました。台湾からは米軍が出て行きましたが、それは冷戦の終息を意味するものではありませんでした。
中国の脅威という理由で、台湾は依然として米軍の傘のもとに置かれています。このような意味から、私たちの島はかつての冷戦時代からあたらしい冷戦時代に共に移ってきたのです。台湾の平和は、アメリカと中国の間の軍事力の牽制と均衡によってかろうじてもたらされているにすぎません。
見た目には異なっていても、私たちの苦痛は同じ構造のもとで起きており、
東アジアのこの3つの島は歴史的経済的な背景により発生した対立の同じ圏域に置かれているため、台湾は沖縄と済州とともに非武装・平和の島の連帯を一緒にめざしていかなければなりません。
すでに歴史は私たちが共通の運命を持っていることを明らかにしています。非武装・平和の島は、決して一人では作り上げることはできず、一人だけで平和を築くことはできません。他の島に犠牲をもたらす平和は恥ずかしいものです。
私たちにとって、地域の対立を解決するためには、強い意志と創意が必要です。そのために、この夏の8月に、済州において「平和の海のための国際平和キャンプ」を開催します。特に沖縄と台湾からたくさんの人々をお招きしたいと思います。このイベントは平和のための島々の連帯実現のためのささやかな第一歩になると思います。
戦争の基地がもたらす破壊に対する認識、島の人々の観点から海についての話を聞き交流すること、そして平和の島の連帯について共有し、海の平和活動を広げることが目標です。
今年はまず、済州が主催することにします。今後は沖縄と台湾も一緒に順番に回りながら非武装・平和の島連帯の理解を基礎に、関連する行動もできるようになればと思います。
済州・沖縄・台湾は、韓国・日本・中国の国境の島ではなく、私たちが愛する故郷であり、私たちの家です。昨日、普天間基地周辺を巡りながらこのようなパネル(注:嘉数高台に設置されている案内パネル。普天間基地返還後の跡地利用構想が書かれている。)をみつけました。ここに住む人々はこの基地を返還させる闘いをしているだけではなく、基地返還後にこの地域をどのように利用していくかについて夢を描いています。
私たち、3つの島は、米軍基地が去った後、どのような平和の島を作り上げていくのか共に考えていくことが必要だと思います。
1日
姜東均(カン・ドンギュン)江汀村会長がアメリカを訪問し、「モアナ・ヌイ 2013」フォーラムに参加。(6月2日まで)
グロンビ・愛の週末屋台が始まる。
江汀村の「生命・平和」のために、心を 合わせる―グロンビ・愛の週末屋台
メニュー:鶏炒めスープ、盛合わせチジミ、混ぜご飯のおにぎり、五枚肉の煮物、ムクのあえもの、酒類
営業日:6月1日から毎週土曜日
営業時間:午後6時から夜12時まで
場所:済州市「ソウル食堂」(済州道庁近く)
準備する人々:(通称)江汀の平和を念願する人々
4日
人権擁護活動家に関する特別報告者が江汀村を訪れ、住民や活動家らと面会。
捕獲された海豚の開放のための国際シンポジウム―場所:済州国際コンベンションセンター(済州道・西帰浦市)
夜7時30分:ソウル・IVP直営書店にて「済州ガンジョン村後援のためのヒーリングコンサート」が開催される。
訪米の姜村会長が帰国する。同日夜の集いでフォーラム参加の経過や感想を報告。
5日
毎週水曜日の定期海上活動。午後3時ごろ、江汀村沖における違法海上工事監視のため、活動家約20人がカヤックで海に出る。普段は江汀漁港からの船出だが、この日は工事現場メインゲート前・江汀川からの船出。
6日
江汀村会の役員らが、顕忠日(国に殉じた祖先や戦没将兵の忠烈を称え、みたまを慰める―韓国の祝日)を迎え、いくさで無くなった祖先や将兵などを祭る忠魂碑を参拝する。
7日
午後2時20分ごろ、江汀村中心部にある道路交差点で不審な者が測量作業を行なっているのを住民が発見。不審に思った住民がその人に尋ねると、相手は「西帰浦市庁(市役所)から来た」と述べたとのこと。そして別の住民によると、「午前中にも誰かが測量作業を行なっているのを見た」という。測量作業関連で、江汀村会に対しては何の連絡も無かったことが発覚。
9日
「江汀生命平和教会」の創立礼拝が江汀儀礼会館で執り行われる。司会の牧師曰く、「いくら国が住民を弾圧し踏みにじっても、住民の生活は継続されるべきで、それは生命と平和が共存する形でなければならない」。
11日
ガンジョン平和商団、済州新じゃがの特別販売を始める。
12日
毎週水曜日の定期海上活動。自転車による済州旅行途中に江汀を訪れた学生さんたちと一緒に船出。強い風浪に破壊される汚濁防止膜を識別するために、樺色の浮標に番号を書き残す。ケーソン同士のすきまがもっと広くなったり角の部分が砕けたのを発見。汚濁防止膜外側海上の船舶が黒い煙を周期的に噴出しながら工事を行なっているのを確認。海上活動に立ち会った海洋警察のカメラは不正工事より活動家の海上活動に目を張るばかり。
午後8時・夜の集いで「国際連帯関連トークショー」を行う。姜東均村会長、ジョン・ヨンヒ(江汀村海軍基地反対対策委員会・女性委員長)、ソン・ガンホ博士の3人をゲストに招き、、ご自分の経験した国際連帯について感想や意見を共有。
14日
夜8時、ガンジョン村・平和センターにて「ガンジョンのともだち・ろうそくの集い」開かれる。今後、毎月第3金曜日に「平和を味わう」という題名で引き続き開催することに。
16日
昼12時30分ごろ、江汀村沖に面する江汀川河口の海岸から、海上のクレーンが風に当たり倒されているているのを発見。正確な理由は不明で、朝から立ち込めていた深い霧の影響と推定。
午後2時、ブックカフェー「平和ほんや」新装オープンパーティが開かれる。「平和ほんや」は本格的営業のために営業申告と事業者登録を済ませて正式に開店。
19日
毎週水曜日の定期海上活動。江汀村沖のケーソンに接近し、ケーソン同士の間隔を測定。波浪注意報は無かったものの、船出直後すぐ波が激しくなる。
21日
拘束中のイ・ジョンファ氏、裁判にて懲役6月・執行猶予2年を宣告され釈放される。
25日
江汀村会が、江汀村への弾圧中止と違法工事の取締を求める声明を発表。
26日
服役中のヤン・ユンモ氏、追加の罰金宣告により服役日数が39日延長される。2014年5月釈放予定。
27日
毎月第4木曜日、ガンジョン村・平和センターにて2回目の生命平和礼拝が開かれる。次回は7月25日(木曜日)の夜7時30分。
28日
済州市の「平和博物館・スペース99」にて「済州ガンジョン芸術行動アーカイブ展・済州海戦」始まる。〈7月26日まで)
29日
グロンビ・愛の週末屋台、「雀鯛の水刺身」が新メニューに。
去年の9月に逮捕・拘束されて同年12月12日に保釈されていた活動家のパク・ソクジンさんが、公判のために済州地方法院(地方裁判所)に出席したところ、「裁判所の許可なく江汀村を訪問したことにより、保釈の条件を違反した」として、済州地方裁判所の法廷において保釈を取り消され、再び拘束されました。当初、パクさんの保釈には条件が付けられ、保釈金の1千万ウォンを支払うこと及び「裁判所の許可なくガンジョン村を訪問しないこと」を求められていたとのことです。
今回パクさんが拘束されたことにより、現に身柄を拘束されている活動家は、4人になりました。
パクさんは済州教導所(刑務所)に収監されました。囚人番号は199番。
この手紙は、台湾出身の活動家・王郁萱(Wang Yu-Hsuan)さんが書いたものです。
王郁萱(ニックネーム:エミリー)さんは、2011年から江汀で生活していました。最近2ヶ月間に亘る海外での日程を終えてインチョン国際空港についたところ、4月24日に入国を拒否され、入管に抗議した末、入国拒否に対する抗議行動として、4月26日正午に自主出国しました。入管側は「出入国管理法の規定により入国を拒否した」としていますが、詳細な理由については何ら説明もありませんでした。
エミリーさんは、自主出国する直前の深夜(4月26日の未明)にこの手紙を書いていました。
(原文は英語で書かれたもので、正確な翻訳が行われていない可能性があります。ご了承ください。)
Dear friends
親愛なる仲間たちへ
I am leaving for Taiwan tomorrow with a ticket by my friends. I have to many to say, so I don’t sleep at the late night in the airport waiting room. Please read it.
私は明日、仲間のみなさんが用意してくれたチケットで、台湾に帰ります。話したいことが沢山あって、空港の待機室で、深夜にも眠らずにいます。ぜひ読んでください。
I want to express my deep thankfulness for every small effort which you have done for me. I am not a perfect peace worker, but I would like to be brave to identify myself as a peace worker.
私は、みなさんが私のために尽くしてくれた、あらゆる小さな努力に、感謝の意を表したいと思います。私自身、完璧なピースワーカー(peace worker)ではないけれど、私自身をピースワーカーとして名乗れるように、勇気を出したいです。
Since I got to know I am not to be allowed to enter Korea on the afternoon of April 24th, the immediate warm supporting action has been taken by the friends who I know or the friends who I don’t even know around the world.
私が4月24日の午後に入国拒否を知らされたてから、全世界の(知り合いの、または一面識もない)仲間たちは、早速、暖かい支援のアクションをやってくださいました。
When I am struggling in the immigration office in Incheon airport on the first day, I had my Korean friends who fly the same flight with me to support me and be with me although soon they were taken away. And in the first day’s stressful process in the immigration office, I won’t forget the endless ringing form the protesting phone calls and it bothered the immigration officers so much during the process. I never forget the immigration officers came to me to ask me to stop the posting on twitter as they’ve been annoyed so much by the protesting phone call and “even the phone call from UK!” said with an annoyed voice by one immigration officer. I talked on the phone of Immigration office with some protesting friends as they requested to talk with me who got stocked in the airport.
一日目、私がインチョン空港の入管で抗議していたとき、私のそばには、まもなく引き離されたものの、私を支援するために同じ便で来てくれた、韓国の仲間たちがいました。そして緊張に満ちた入管での手続きがあった一日目に、絶え間なく鳴り響いた抗議電話と、そのせいで入管職員たちがとても困っていたことを、私は忘れないでしょう。抗議電話にイライラした職員が私に来て、「ツイッターにつぶやくのは止めなさい」といったり、もう一人の職員がイライラした声で「イギリスからも電話が来るなんて!」と言っていたのを、私は忘れられないでしょう。空港に閉じこまれるようになった私との連絡を求めて抗議してくれた仲間たちと、入管の電話で会話を交わすことができました。
As soon as I took the phone from the officer, there’s one funny and impressive action which they did to me in common. Before telling me the encouragement words, they all told to me in the very beginning that “Just listen and don’t talk about the name(듣기만해 이름 부르지마).”
私が入管職員から電話を代わられたとき、奇妙で印象的な共通のしぐさがありました。皆さんは私に励ましの言葉をかける前に、最初に「黙って聞いて、名前言わないで」と言うのでした。
You will know why if you ever stay in Gangjeong. You will know why people become so sensitive about their names. I, as one of the peace worker in Gangjeong, know about it.
皆さんも江汀に泊まってみると、その理由が分かると思います。なぜみんなが名前について敏感になるのかを。私は江汀のピースワーカーの一人として、その理由を分かっています。
As a peace worker, we want to practice trust not doubting but one of the pathetic thing is a vicious circle of mistrusting. How beautiful my name is but for such a long time, I couldn’t tell my name in public.
ピースワーカーとして、私たちはお互いを疑わない信頼を実践したいけれども、不信の悪循環とは悲しいものです。私の名前は美しいけれども、長い間、私の名前を公然に言い出すことができずにいました。
Look at my case. I’ve never got arrested or received an investigation from the Korean police. I’ve never got a trial in the court. I’ve never easily told people my real name or in the beginning not even my nickname. But now I am rejected to enter to ROK because I am in the “Red List” (* “Black List” could be more suitable word)
私の場合をみてください。私は逮捕されたこともないし、韓国の警察から調査を受けたこともありません。法廷で裁判を受けたこともありません。私は人々に、本名を気軽に語ったこともないし、最初はニックネームを名乗ることすらためらいました。でも今、私はブラックリストに記載されて、韓国への入国を拒否されたのです。
It’s uncomfortable experiences but I am not surprised that ROK know about a small person like me. The Gangjeong police called my nick name “Emily” so naturally as if they have been knowing me for a long time. But I’ve never introduced even my nickname to any of the police, and since one day, even the security guys of naval base called my real name (passport name) to one person who’s appearance is similar with me.
不愉快な経験ですが、韓国(政府)が私みたいな、ちっぽけな人間を知っていることに、私は驚いていません。江汀の警察は、私を昔から知っているかのように、とても自然に私のニックネーム「エミリー」を呼んでいました。でも警察に私のニックネームを語ったことは一度もありません。ある日からは、基地事業団に勤める(私と容貌の似ている)ガードマンまでもが私の本名(パスポートの名前)を呼んでいました。
I don’t want to deeply think of how they discovered these personal information as I want to be happier. haha But anyway I keep in mind that the nightmare which happened to many other our foreign friends may happen to me some day. And it happened now. Without the bad record from ROK police, I am directly on the national Red List! And so far, under the pressure of Korea congress men, the ministry of justice of ROK remain silent on the reason why prevent me from entering Korea. It’s an (inconvenient) secret.
私はどうせなら、もっと幸になりたいから、彼らがどうやってこれらの個人情報を把握したかについて、深く考えたくないです(笑)。でも、とにかく、私は、沢山の外国の仲間たちに起こった悪夢が、いずれ私にも起こるであろうということは心に留めていました。そしてそれが今、現実に起きたのです。韓国の警察が作成した犯罪記録なしに、私は国のブラックリストに載せられたのです。今までのところ、韓国の国会議員からの働きかけにもかかわらず、韓国の法務部は、なぜ私を入国拒否にしたかについて沈黙を貫くままです。実に不都合な秘密ですね。
Firstly, when I was brought to the immigration office and being told about what happened to me, I wasn’t cool enough to arrange my feelings and words.
当初、私が入管に連れて行かれて、私に何が起こっているかを聞かされたとき、私は、私の感情と言葉をうまく整理して話すことができるような、十分に冷静な状態ではありませんでした。
I just kept requesting to the officers to tell me why a person like me with the legal visa issued by ROK got rejected to enter to Korea suddenly after a short oversea trip. I’ve been living continuously in Korea since 2011, but suddenly you reject me to enter again, and then how about all my “belongings” there: I still have family and friends there, I have seniors and Juniors there, I have love there, and I have inspiration there.
私は職員たちに「なぜ、韓国(政府)から合法的な査証を発行された私みたいな人間が、短い海外旅行のあとに、いきなり入国を拒否されたのか」と訊ねました。私は2011年以降、ずっと韓国で暮らしていたのに、あなた方韓国政府は私の入国を拒否するのですね。韓国にある私の荷物はどうなるのですか。私には未だ家族と仲間たちがいます。先輩と後輩がいます。わたしは、その土地を愛し、そこから霊感を受けるのです。
I just thought ROK, you are very RUDE! You don’t even have the manner which the elementary student usually have.
私は大韓民国に「とても無礼だな」と感じました。小学生並みの礼儀もないのですね。
But Now I am a bit regret that I should have said to the immigration officers that “thank you for highly value my peace work in your country by kicking me out. I didn’t know I am such an important small peace worker.”
でも私は「貴国(政府)がが私を追い払うぐらいまで、私の平和運動を高く評価してくださるなんて、ありがとうございます。私がそんなに重要なピースワーカだとは知らなかったです」と言ってやるべきだったかと、少し残念に思っています。
By giving me the special label, I want to say thank you. You give me a big present to continue the vision of Inter-peace islands solidarity. I traveled out of Korea partially for the Inter-peace islands solidarity, but now I must be out of Korea for at least 5 year. I wonder how to receive your big present with honor.
私に特別なレッテルを貼ってくださったことに対し、「ありがとう」と言いたいと思います。あなた方は私に、「平和の島連帯(Inter-peace islands soridarity)のビジョン(構想)を続けるようにと、大きなプレゼントをくださったわけです。私は「平和の島連帯」のために、韓国国外を一部的に旅行していました。でも私は、これから少なくとも5年間、韓国に入ることができません。私は、あなたがたからの大きな名誉なるプレゼントを、どのように受け止めるといいか、驚嘆しています。
In the beginning, I didn’t want to leave until I am forced out as I wanted to get the answer from the ministry of justice of ROK but my dear family in Jeju initiated to buy a return ticket for me to go back to Taiwan my home country, which made me not happy in the beginning. They said to me “I am sorry and ashamed but in the end we want you to walk back with dignity not with the carrying by police.”
私は当初、大韓民国の法務部から返事を聞きたかったので、強制に送還されるまでは(自分の足で)離れたくありませんでした。でも、私の親愛なる家族(同僚)が、私の母国・台湾に帰るためのチケットを買ってくれました。最初の私は、それが嬉しくなかったけれど、彼らは私に「申し訳ない。そして、恥ずかしい。でも私たちは、あなたが警察に連れ出されるより、尊厳に歩いて出て行くことを望む」と言いました。
I was not happy but accepted the group decision. But after I clean up my mind in my last night in Korea (actually not Korea but the waiting room in airport), I was happy again as I begin to understand that I should walk back to Taiwan and other islands by my own will to realize “inter-peace Islands”. It’s not new to be carried out for a Gangjeong person but this time, I am not going to be carried out but I will walk beyond because I am not blocking but walking a new way.
残念だったけれど、私はグループの判断を受け止めました。でも「韓国(本当は韓国ではなく空港の待機室)での最後の夜なんだ」と心を一掃してから、私は自分の意思で、「平和の島連帯」を実現するために、台湾や他の島に帰らなければならないことを理解しはじめて、再び幸せな気持ちになりました。
Still I demand an official reason from ministry of justice, but now the burden lays on my families and friends in Korea who promised me to take the responsibility. Instead, they asked me to walk ahead with dignity. I am awakened about the price of my final dignity and I’m also awakened about the Big Present from ROK.
さらに私は、韓国の法務部に、入国拒否の正式な理由を強く要求します。でもその負担は、私に「責任を取る」と約束してくれた、韓国にある私の家族(同僚)たちに託されました。その代わり、私の家族(同僚)たちは、私に「いかめしく歩いてほしい」と言いました。私は、私の最後の尊厳の価値と、大韓民国からの「大きなプレゼント」について気づくことができました。
Too many thanks to say, so I said to the one.
感謝の言葉でいっぱいです。ひとつ、言わせていただきます。
Let’s work together, let’s not leave each other alone in the way of peace, so that we can finally say no to the war base.
一緒にやっていきましょう。やがて戦争基地に「NO」と言えるように、平和への道で、互いを独りぼっちにするのは止めましょう。
War Base you are really Bad and RUDE!
戦争基地、君は実に下品で無礼だ!
Wang, Yu-Hsuan ( How beautiful name I have! )
2013/4/26 02:35 am
王郁萱‘Wang Yu-Hsuan’(私はなんて美しい名前を持つのでしょう!)
2013年4月26日未明2時35分
韓国のインターネット新聞「民衆の声」に2013年4月26日付けで掲載された記事です。正確な翻訳が行われていない可能性があります。ご了承ください。
韓国語の原文はこちらからご覧になれます。
[단독]유엔 특별보고관, 5월 한국 방문.. ‘공권력 남용’ 조사
国連の特別報告官、5月に韓国を訪問…‘公権力乱用’調査へ
‘ガンジョン村’などの陳情を受け、国内の人権状況に関心
国連の特別報告官が韓国を訪問し、韓国における人権状況を点検する。特に、国連の報告官は、ガンジョン村における公権力乱用の状況などに関する陳情を受けてから韓国訪問を直接選んだといわれ、彼が韓国の人権状況をいかに判断するかについても関心が集まっている。
国連・人権擁護活動家に関する特別報告者のマーガレット・セカッギャ(Margaret Sekaggya)氏は、来月29日に韓国を訪問し、10日間の日程に入る。セカッギャ報告官は、この期間に政府の部署と企業、市民社会団体、労働組合関係者などと面談し、韓国における人権活動家の保護状況に関する調査の結果と改善勧告事項を発表する予定。
セカッギャ報告官は、また、来年3月に開かれる、次期の国連人権理事会に韓国における人権活動家の保護状況を盛り込んだ正式報告書を提出する見込み。
国連の特別報告官が韓国政府を正式訪問するのは、1995年のアビド・フサイン(Abid Hussain)、2006年のホルヘ・ブスタマンテ(Jorge Bustamante)、2010年のフランク・ラ・ルエ(Frank La Rue)特別報告官に続いて今回で4回目となる。
セカッギャ特別報告官は誰?
こたび訪問するセカッギャ特別報告官は、ウガンダ共和国の高等裁判所で判事を務め、アフリカ最大規模の人権委員会である「ウガンダ人権委員会」の設立を主導するなど、人権の伸長の先頭に立ったと評価されてきた。
さる2008年3月年に人権擁護活動家に関する特別報告者に任命されてからは、女性運動家、労働運動家、平和運動家など全世界の人権擁護者の活動を政府の弾圧から保護する役割を果たしてきた。
去年も、アイルランド、チュニジア、ホンジュラスを訪問して大統領、閣僚などと会談し、人権保護に関する法律的システムを検討していた。また、それらの国々の記者、活動家などとも会談して、人権擁護者の活動を遮る法律や政策の有無について具体的に視察した。
複数の関係者によると、セカッギャ特別報告官は、韓国訪問を直接決意したとされている。去年、済州海軍基地の工事中断を要求して逮捕されたソン・ガンホ(Song Gang-Ho)博士、映画評論家のヤン・ユンモ(Yang Yoon-Mo)氏、ムン・ジョンヒョン(Mun Jeong-Hyeon)神父、カン・ドンギュン(Kang Dong-Gyun)村会長などの消息、ガンジョン村に向かう途中で強制出国された外国人の活動家たちの知らせを接して、韓国における人権擁護者の保護状況について把握したいという意向を表したのである。
セカッギャ特別報告官は実際に、韓国訪問の期間中に、済州道・ガンジョン村を訪れ、活動家たちが逮捕されたり拘束される過程に調べる予定だ。ほかにも、ウルサン(蔚山)広域市にあるヒョンデ自動車の送電タワー籠城現場、ミリャン(蜜陽)市の送電塔建設現場を訪問するなど、極限に追い詰められた労働組合の活動家や平和活動家と対面するものとされている。
市民団体ら、「韓国の人権擁護者状況報告大会」開催へ
市民団体らは、セカッギャ報告官の訪問に歓迎の意を表した。市民団体らは、さる2008年の「蝋燭デモ」の政局以後、公権力乱用の論難が生じる度毎に、市民団体国連の特別報告官宛に「政府当局による人権侵害について制裁を加えてほしい」との陳情を引続き届けてきた。
市民団体らは、来月6日に「2013・韓国の人権擁護者状況報告大会」を開催し、労働・女性・性的少数者・青少年等の分野ごとに資料集を製作して特別報告官に届けることにしている。
報告大会を準備する関係者のひとりは、「2008年以降、市民社会のグループは、労働組合を弾圧する損害賠償・仮差し押さえ問題、または公権力により人権擁護者が弾圧される度毎に、たゆまず書信を送り届けてきた」と述べ、「特別報告官が韓国の人権状況について特別な関心を持って訪問が叶っただけに、現状を正確に伝える見込み」と話した。